☆お題で書いていこう☆

お題!?思いつかないから、はてなさんに聞いてみよう!!はてなさんの出したお題に忠実に従いブログを更新していくブログ。ブログでもサラリーマン気分で行きましょう☆

☆会社を辞める決断がで、涙した日☆

僕が会社を辞めた日。

 

会社を辞める決断・・・

それは誰しも迷う時。

 

僕が辞めた時は、29歳の暑い夏が終わろうとしていた時。

 

僕は自慢では無いが、上司方々からも気に入られ、来年から店長の予定だった。

年収も500万~600万。

同じ世代ではなかなかの状況だと思う。

しかも、仕事は好きだったし、同僚にも上司にも恵まれていた。

さらに、1年ほど前に、労働基準監督署の査察等もあり、残業代はしっかりと出て、ブラックからホワイトへ変わりつつあった。

 

この僕が何故会社を辞める決断をしたかについて書いていこうと思う。

 

理由は幾つかあるが、一番大きかった事は、来年から店長と30歳になる事。

この会社はいごこちがとても良かった。

しかし、良すぎた。

僕は、このままなあなあの気持ちで働いて行くのが恐かった。

店長、そして30歳になれば、自ずと退職の選択肢は遠のいていく。

その前に会社を辞めて、別な環境に身を置くのが一番良いとと考えたのが理由である。

 

その他の細かい理由は、耳を疑う様な物あるので、是非聞いて頂ければと思う。

 

①うなぎ事件

前職の一部の人間達からはこんな風に呼ばれている事件。

この事件をお話しする前に、前職の交通に関するルールを少し説明しようと思う。

前職では、交通に関するルールが異常に厳しい。

違反、事故はプライベートも含めtて、運転禁止になる。

ちなみに、駐車禁止でもだ。

特に四大違反と呼ばれる自分で守れるものは、特に厳しい。

四大違反とは、〇酒帯び運転、〇シートベルト未着用 〇スピード20㎞超過 〇携帯電話使用、の4つは無権限で運転できなくなる(解雇当然の状況)

この様な厳しいルールが敷かれている。

そんな中、僕はスピード10㎞超過で取り締まりを受けた。

このおかげで、僕は運転禁止1ヵ月と10万円近い金額を掛けて、研修や最高級ドライブレコーダー等を買わされる罰を受ける(その他洗車5台等、細かい罰ももある)。

さらに、交通事故の裁判傍聴に3回行き、感想文作成なるものも出された。これが、うなぎ事件の始まりである。

僕は、毎週の様に裁判所へ行き、裁判を傍聴した。感想文を書いた。

そして、うなぎを食べた。

この食べたウナギををFacebookにアップしていた。

すると、それが問題びなった。会社の人は友達にいないはずなのに、なぜかバレた。

しかし、ウナギを食べている事には何の問題もない。

が・・・

どうやら、反省の色がないという事で、運転禁止期間は3ヵ月に延長された。

この一連の事で、会社自体が気持ち悪い存在になり、退職を決定づけるものとした。

 

②領収書粉砕事件

僕の前職の職務に、他社に取られそうなお客さんの寝返りを止める職務がある。

その職務上、他社と契約してしまったお客さんもいる。そのお客さんを止めるには、どうしても違約金が必要な場合がる。

僕も例通り、違約金を立て替えて(上司確認済み、2000円程度)支払い、お客さんを止めた。

領収書を経理に渡した数日後に、経理より密告が入った。

「〇〇部長がきみの領収書を持っていった。僕はどうする事もできないから、一応キミに報告しとくよ。」

そして、〇〇部長に伺ったところ。

「安心してくれ、ちゃんと申請したから。」

はい。嘘ね。

その後、数か月お金は来てません。何度、聞いても同じ回答。

こんな会社信用して働けますか!?

ってな、感情が沸き上がった瞬間でした。

ちなみに、この部長。辞表を出した瞬間に、「1年間休みをあげるから、辞めないで。」と言ってきた。

「いや。辞めます。」

 

③弟子他店舗へ

当時、新部署が出来上がり、僕のいた部署は慢性的な人材不足。

僕は当時、今まで3人で見ていたエリアを1人で見る状況だった。

僕の下にも派遣が何人か入って来たが、辞めていった。

部長に「派遣には少し厳しい。社員を雇ってくれ。」とお願いした(派遣がダメとかではなく、勤務時間が派遣と合わな過ぎた)。

その矢先に、前職は畑違いではあるが、やる気のある人が入ってきた。

この人は本当に頑張ってくれた。

しかし、事件は起きる。

僕の前職は、sる一部の資格がないと仕事ができない。

しかも、実務経験が1年以上必要な資格だ。

だが、裏技もあり。20万円の協会が開く講習に参加すれば、資格がもらえる。

この講習に上司が、本部への決済も取らず、申し込みをしてしまった。

ありえん・・・

案の定決済は下りず、半分は店舗で負担、残り半分は受けた本人が支払う事となった。

が、受けた本人は、子供も生まれたばかりなので、僕が支払った。

僕の算段としては、この後輩が、独り立ちすれば、僕の成果は2倍になると読んでの事で、それは現実となり、ボーナスで楽勝に取り返した。

しかし、後輩が独り立ちして3か月で他店舗へ移動。入って来たのは又もや新人。

心が折れました。

しっかりとこの新しい後輩を育てたら退職する。

そう決めました。

いまでは、この二人は成績の1位、2位を二人で争うくらいになった様です。

涙です。

 

そして、この様な事があり、有給消化中にニュージーランドへ旅立つ事になりました。

有給消化を許してくれた背景には、もう一人いた恐い部長がいました。

「お前の実績からして、有給とボーナスはしっかりもらう権利がある。今辞めるとボーナスがもらえないから、有給で1ヵ月在籍を伸ばせ。有給中に何をしようが構わない。」

と、泣けるコメントをもらい今に至ります。

勤めた7年間はこの言葉で満たされました。

 

この言葉を聞けて会社を退職して本当に良かったと思います。