☆お題で書いていこう☆

お題!?思いつかないから、はてなさんに聞いてみよう!!はてなさんの出したお題に忠実に従いブログを更新していくブログ。ブログでもサラリーマン気分で行きましょう☆

☆贅沢はラーメン☆

お題「ちょっとした贅沢」

 

今回のお題は「贅沢」。

しかも、ちょっとした。

 

贅沢といえば色々ある。

前職で働いていた際は、見境無く使ってもお金があったので、相当贅沢をしていた。

乗っていた車はアウディ。これも衝動買いだったし、財布、時計、ブックカバーも20000円以上出して購入していた。

もちろん、極度のお金持ちと比較したら小さな贅沢にはなると思うが、少なくとも周りに、僕なみの贅沢をしている人はいなかった。

しかし、この様な贅沢をしても、まったく満足感はなかった。

何を食べても、何を買っても・・・

 

しかし、7年務めた前職を退職して、ニュージーランドへ行って贅沢の感覚、基準が変わった。

ニュージーランドへは潤沢な資金を持って行ったが、贅沢をする場所がない。

もちろん住む場所を選べば贅沢もできるが、そんな贅沢をできる都市は3つ程度しかない。

そのため、贅沢をしない生活をしていた。

ニュージーランド中を車中泊、テントに泊まりながら旅行したり働いた。

周りにいる連中もそんなんばったかりだ。

すると不思議な事に贅沢したい欲望がなくなっていく。

贅沢は240円のパイを食べる。これだけで最高の満足感だった。

僕が日本にいる時に、いくら贅沢をしても満足できなかったのは、「見栄」「プライド」の類だったと実感する。

人にいくら使ったかを自慢した。人に買った物を自慢したい。

そんな気持ちが溢れていたのだろう。

 

現在、日本に戻って生活し始めたが、月に5万円あれば相当の贅沢ができる。

と、言っても贅沢は週1回650円のラーメンを食べる事。

このラーメン1杯(替玉をするから、正確には1杯ではないが)で、高級財布、高級車に勝る満足感を得られる。

併せて、スーパーっで売られているお刺身を半額買って食べるのも結構満足ができる。

これはちょっとした贅沢。

 

この事を前職で知っていれば、もっとお金が貯まってだだろうに(笑)

 

☆ラスコーの壁画展 ㏌上野☆

お題「印象に残っている展覧会」

 

今回のお題は展覧会。

困った事に、展覧会という類のものにはあまり行った事が無い。

興味はとてもある。だけど、行かなかった。

せっかく「今日は3件の博物館、美術館を回るぞ!!」

と、意気込んだ日も、全館休みだったりと、なんとも言えない状況が重なっていた。

 

ニュージーランドでは博物館に結構な頻度で行っていた。

ニュージーランドでは町ごとに大小異なるが、博物館があり、歴史を学ぶことができる。僕は博物館が好きだった。英語は分からないが・・・

 

しかし、日本では博物館等とは無縁の僕に、ニュージーランドから帰って来た際に嬉しい誘いがあった。

「上野でラスコーの壁画展がるから、一緒に行かないか?」

それはニュージーランドで出会った男からの誘い。そう男から・・・

欲を言えば女性が良いが、誘ってくれているのに注文はダメだ。

 

この男の詳細を簡単に説明しよう。

ずっとフリーターをしていて、ニュージーランドへ来て、その後、20万円のみでヨーロッパを2ヵ月旅行していた強者。

しかし、頭の良さは一級品。京都大学院で数学を専攻。京都大学院の数学と言えば、研究所もあり東大以上とも言える場所である。

こんな凄い奴でも、就職に困ったりする事初めて知った。

 

話を元に戻す。

 

『ラスコーの壁画』とは。

フランスの西南部にあるラスコー洞窟から見つかった壁画の事で、20000年前のクロマニョン人が書いたとされる壁画。牛等が描かれいる。

博物館にあるのはもちろんレプリカ。

 

上野の博物館行く前日は、僕の実家で一泊し、次の日にラスコーの壁画を見に行く。

道中はフランスの旅行の話をしてくれた。

その中で、フランス人の僕と彼の共通の友達の家に泊まった話をしてくれた。

思っていた以上にお金持ちでびっくりした話を聞いた。

 

上野に到着して、早速博物館へ行く。

この日は雨だったが、結構混んでいた。

 

中に入ると、「撮影禁止マークのあるところでは。撮影しないで下さい。」と注意をされた。

撮影できないのは本当に残念。

 

まず、出てきたのは、ラスコーの壁画ではなく、ラスコーの壁画のレプリカの作り方の説明だった。

正直、相当興味深かった。何重にも作業を繰り返やっとレプリカは出来上がる。それを見れるのだら、ワクワク感が止まらない。

 

そして、その奥に、ラスコーの壁画が広がる。

牛等の絵があり、幾つか重なって書かれているため、何の絵か判断付かない物もあったが、迫力があった。

ある絵は、梯子などを使わないと届かない様な位置に絵があり、どうやって書いたのか、最後まで気なった。

ちなみにラスコーの壁画に関してはじっくり見ても正味15分程度で終わる距離だ。

 

ラスコーの壁画を抜けると、人類の歴史が多く展示してある。

人類の歴史年表や、古代の道具や生活の展示があった。

ここには、撮影禁止マークがない。

なので、僕は遠慮なく数枚写真を撮った。

その瞬間、スタッフがダッシュで僕の所へ。

あまりに僕が熱心なので、語りに来たのか!?

スタッフこの様に言いました。

「ここは撮影禁止です。今すぐ撮影した物を消し下さい。」

そこに笑顔は無い。

恐い・・・

でも、どこ見ても無いんですよ。撮影禁止マークが・・・

その事告げると、スタッフは一瞬間があったものの無視。

結局、写真を消して注意を再度受け終了。

消すのは良いけど、運営のミスなのにあんなに怒るなんて・・・

涙目になりながら、残りの展示を見て、会場を後に。

正味1時間半程度でしょうか。十分楽しめた。

 

その後、夕食でカレー屋へ。

上野でとても人気のカレー屋で、僕らが出る時は行列ができていました。

味は、僕も彼も「中の下」と判断。

僕の方が早く食べ終わったので、彼待っているとお店のスタッフが、

「並んでる人いるんで、出てもらっていいですかね!!」

結構キツメに言われた。

怒られてばっかだな今日は。

と、感じた1日だ。

 

カレーを食べた後は、いよいよ彼が次の目的地『大阪へと向かう』。

もうあたりは暗かったが、最終の新幹線で行くらしい。

「さらば」

 

現在、ラスコーの壁画は福岡県。

そして、僕も福岡県。

ラスコーの壁画に追い回されてます。

 

 

 

☆会社を辞める決断がで、涙した日☆

僕が会社を辞めた日。

 

会社を辞める決断・・・

それは誰しも迷う時。

 

僕が辞めた時は、29歳の暑い夏が終わろうとしていた時。

 

僕は自慢では無いが、上司方々からも気に入られ、来年から店長の予定だった。

年収も500万~600万。

同じ世代ではなかなかの状況だと思う。

しかも、仕事は好きだったし、同僚にも上司にも恵まれていた。

さらに、1年ほど前に、労働基準監督署の査察等もあり、残業代はしっかりと出て、ブラックからホワイトへ変わりつつあった。

 

この僕が何故会社を辞める決断をしたかについて書いていこうと思う。

 

理由は幾つかあるが、一番大きかった事は、来年から店長と30歳になる事。

この会社はいごこちがとても良かった。

しかし、良すぎた。

僕は、このままなあなあの気持ちで働いて行くのが恐かった。

店長、そして30歳になれば、自ずと退職の選択肢は遠のいていく。

その前に会社を辞めて、別な環境に身を置くのが一番良いとと考えたのが理由である。

 

その他の細かい理由は、耳を疑う様な物あるので、是非聞いて頂ければと思う。

 

①うなぎ事件

前職の一部の人間達からはこんな風に呼ばれている事件。

この事件をお話しする前に、前職の交通に関するルールを少し説明しようと思う。

前職では、交通に関するルールが異常に厳しい。

違反、事故はプライベートも含めtて、運転禁止になる。

ちなみに、駐車禁止でもだ。

特に四大違反と呼ばれる自分で守れるものは、特に厳しい。

四大違反とは、〇酒帯び運転、〇シートベルト未着用 〇スピード20㎞超過 〇携帯電話使用、の4つは無権限で運転できなくなる(解雇当然の状況)

この様な厳しいルールが敷かれている。

そんな中、僕はスピード10㎞超過で取り締まりを受けた。

このおかげで、僕は運転禁止1ヵ月と10万円近い金額を掛けて、研修や最高級ドライブレコーダー等を買わされる罰を受ける(その他洗車5台等、細かい罰ももある)。

さらに、交通事故の裁判傍聴に3回行き、感想文作成なるものも出された。これが、うなぎ事件の始まりである。

僕は、毎週の様に裁判所へ行き、裁判を傍聴した。感想文を書いた。

そして、うなぎを食べた。

この食べたウナギををFacebookにアップしていた。

すると、それが問題びなった。会社の人は友達にいないはずなのに、なぜかバレた。

しかし、ウナギを食べている事には何の問題もない。

が・・・

どうやら、反省の色がないという事で、運転禁止期間は3ヵ月に延長された。

この一連の事で、会社自体が気持ち悪い存在になり、退職を決定づけるものとした。

 

②領収書粉砕事件

僕の前職の職務に、他社に取られそうなお客さんの寝返りを止める職務がある。

その職務上、他社と契約してしまったお客さんもいる。そのお客さんを止めるには、どうしても違約金が必要な場合がる。

僕も例通り、違約金を立て替えて(上司確認済み、2000円程度)支払い、お客さんを止めた。

領収書を経理に渡した数日後に、経理より密告が入った。

「〇〇部長がきみの領収書を持っていった。僕はどうする事もできないから、一応キミに報告しとくよ。」

そして、〇〇部長に伺ったところ。

「安心してくれ、ちゃんと申請したから。」

はい。嘘ね。

その後、数か月お金は来てません。何度、聞いても同じ回答。

こんな会社信用して働けますか!?

ってな、感情が沸き上がった瞬間でした。

ちなみに、この部長。辞表を出した瞬間に、「1年間休みをあげるから、辞めないで。」と言ってきた。

「いや。辞めます。」

 

③弟子他店舗へ

当時、新部署が出来上がり、僕のいた部署は慢性的な人材不足。

僕は当時、今まで3人で見ていたエリアを1人で見る状況だった。

僕の下にも派遣が何人か入って来たが、辞めていった。

部長に「派遣には少し厳しい。社員を雇ってくれ。」とお願いした(派遣がダメとかではなく、勤務時間が派遣と合わな過ぎた)。

その矢先に、前職は畑違いではあるが、やる気のある人が入ってきた。

この人は本当に頑張ってくれた。

しかし、事件は起きる。

僕の前職は、sる一部の資格がないと仕事ができない。

しかも、実務経験が1年以上必要な資格だ。

だが、裏技もあり。20万円の協会が開く講習に参加すれば、資格がもらえる。

この講習に上司が、本部への決済も取らず、申し込みをしてしまった。

ありえん・・・

案の定決済は下りず、半分は店舗で負担、残り半分は受けた本人が支払う事となった。

が、受けた本人は、子供も生まれたばかりなので、僕が支払った。

僕の算段としては、この後輩が、独り立ちすれば、僕の成果は2倍になると読んでの事で、それは現実となり、ボーナスで楽勝に取り返した。

しかし、後輩が独り立ちして3か月で他店舗へ移動。入って来たのは又もや新人。

心が折れました。

しっかりとこの新しい後輩を育てたら退職する。

そう決めました。

いまでは、この二人は成績の1位、2位を二人で争うくらいになった様です。

涙です。

 

そして、この様な事があり、有給消化中にニュージーランドへ旅立つ事になりました。

有給消化を許してくれた背景には、もう一人いた恐い部長がいました。

「お前の実績からして、有給とボーナスはしっかりもらう権利がある。今辞めるとボーナスがもらえないから、有給で1ヵ月在籍を伸ばせ。有給中に何をしようが構わない。」

と、泣けるコメントをもらい今に至ります。

勤めた7年間はこの言葉で満たされました。

 

この言葉を聞けて会社を退職して本当に良かったと思います。